【note掲載】 愛する沖縄を、消費しない。私たちが「支店」ではなく「本社」を構え、この島で10年走り続けた理由。
現代の北前船物語 Vol.1
富山から世界へ、世界から地域へ。
「現代の北前船」を掲げるホクセイグループは、日々、各地で新たな航路を開拓し続けています。
現代の北前船物語とは
本連載『現代の北前船物語』は、私たちが取り組む具体的なプロジェクトや、その裏にある出会いや挑戦のドラマを、深掘りし、お届けする記録です。
単なるビジネスの事例紹介ではありません。
地域と地域を繋ぐことで生まれる新しい価値や、社会課題に挑む現場のリアリティ。
そして、一見バラバラに見える事業が、どのようにして一つの大きな航路を描いているのか。
地図には載っていない、私たちの航海の全貌をご覧ください。
なぜ富山の商社が沖縄で活動をしているのか
富山県高岡市から、沖縄県那覇市まで。
その直線距離は約1,500キロメートル。
冬の富山は雪に覆われますが、那覇に降り立てば12月でも気温は20度を超えています。気候も、風土も、流れている時間さえも異なるこの二つの土地を、私たちは毎月のように往復しています。
通常、地方企業がこれほど離れた土地に進出する場合、その形態は出張所や大きくても支店が一般的でしょう。
しかし、私たちは違います。
ホクセイグループは、ホクセイトレーディングASIA株式会社という現地法人を設立しました。
なぜ、わざわざ別会社を作り、登記を行い、コストをかけてまで本社という機能を持たせたのか。
その理由は、私たちが沖縄を単なる販路として見ていないからです。
「出張者」には見えない景色がある
数日間の出張で訪れるだけなら、沖縄は「魅力的なマーケット」であり、美しいリゾート地のままです。
しかし、お客様扱いされているうちは、その土地が抱える本質的な課題は見えてきません。
よそ者が外から持ち込んだ商品を売って、利益を富山に持ち帰る。
かつて多くの企業が繰り返してきたそのスタイルを、私たちは選びませんでした。
現代の北前船を志す私たちが目指すのは、一方的な商流ではなく、
地域と地域の循環だからです。
現地法人を作るということは、
沖縄に住所を持ち、沖縄で雇用をし、そして沖縄に税金を納めるということです。
せっかく沖縄でビジネスをさせていただくのであれば、
よそ者ではなく、内側の人間としてやりたい。
そうした思いもあり、現地法人を設立しています。
覚悟の証としての現地法人
ホクセイトレーディングASIAの名刺を持って営業に行くと、相手の反応が変わる瞬間があります。
「富山の会社さんですか?」から、「沖縄の会社なんですね。何年くらいやられているんですか?」という、より踏み込んだ対話へと空気が変わるのです。
私たちが沖縄に求めているのは、観光地としての華やかさではありません。 アジアの中心に位置する地理的優位性、独自の歴史が育んだ文化、そして何より、基地問題や離島物流といった、ビジネスの力で解決すべき切実な社会課題です。
富山で培ったアルミ建材の知識や、北海道で展開している寒冷地技術。
これらを沖縄というフィールドに持ち込み、現地の課題解決に役立てる。
そして、沖縄で生まれた価値を、今度は富山や世界へと還流させる。
物理的な距離は1,500キロありますが、地域の課題に向き合う姿勢において、富山と沖縄は驚くほど似ています。
私たちが沖縄に「本社」を構えたのは、戦略的な判断である以前に、
この土地の隣人として認められたいという、
強い意志の表れなのです。
儲かるからではない。好きだからこそ、行動で示す。
戦略の前にあった、シンプルな動機
企業が新しい市場へ進出する際、通常は緻密なマーケティングリサーチが行われます。
市場規模はどうか、競合はいるか、投資対効果は見込めるか。
もちろん、ホクセイグループも商社ですから、そうした計算をしないわけではありません。しかし、沖縄進出の根底にあったのは、もっと人間的で、シンプルな動機でした。
「この土地と、ここに住む人たちが好きだから」
弊社代表の冨田は公言しています。
沖縄の自然、文化、そして様々な歴史を乗り越えてきた人々の強さと優しさ。
それらに触れるたび、
「この場所のために、自分たちができることはないか」
という想いが強くなっていったのです。
ビジネスの世界では感情は排除されがちですが、
私たちの経験上、理屈だけで始めた事業は、苦境に陥るとすぐに撤退の判断を下してしまいます。
逆に、「好きだ」「何とかしたい」という理屈を超えた熱量がある事業は、多少の壁があっても乗り越える粘り強さを持ちます。
私たちにとって沖縄は、まさに後者のフィールドでした。
やっとの思いで迎えた設立10年目
しかし、いくらこちらが「好きだ」と叫んだところで、地元の信頼は得られません。
沖縄は、本土企業に対して警戒心を持つ土壌が少なからずあります。
「どうせまた、都合のいい時だけ来て、すぐにいなくなるんだろう」
そんな無言の視線を感じることもありました。だからこそ、私たちは地道にこれまで積み重ねてきました。
実は、ホクセイトレーディングASIA株式会社は2016年に設立されており、
今年で10年目を迎えます。
沖縄の人たち、そして沖縄の企業様に支えられ、こうして10年という節目を迎えられたのです。
設立当初は、なかなかこちらの熱や愛も伝えられず、苦労したことが多々ありました。
現地法人を設立することの難しさに直面したこともありました。
ただし、そうしたときも折れずにやり続けられたのは、
先ほど伝えたような理屈を超えるような熱量があったからだと感じます。
ボランティアではなくソーシャルビジネスとして
「地域のために」というと、多くの企業は寄付やボランティア活動(CSR)をイメージします。
しかし、私たちはあくまで商社です。利益を生まない活動は長くは継続できません。
私たちが目指すのは、地域の課題をビジネスの手法で解決し、その地域をより良くするソーシャルビジネスです。
沖縄のために汗をかき、沖縄の課題を解決することで、ホクセイも適切な利益を得る。
win-win-winの関係を作りながら、社会課題を解決する。
この持続可能な仕組みこそが、最も健全であり、最も誠実な地域への向き合い方だと信じています。

(左)ホクセイトレーディングASIA株式会社・ホクセイプロダクツ株式会社 代表取締役社長 冨田 昇太郎
(右)沖縄県西原町長 崎原 盛秀氏
まだまだ知られていない沖縄の魅力
「フェンスの向こう側」で目撃した、数えきれない衝撃
私たちはこれまで10年近くにわたり、沖縄をさまざまな角度から見てきました。
すると、今までリゾート地というフィルターを通して見ていた景色が一変しました。そこに広がっていたのは、青い海や白い砂浜だけではありません。
アジアの中心という地理的優位性を最大限に活かした、熱量の高いビジネスの最前線でした。
沖縄というと、通常は観光やリゾートを思い浮かべます。
けれど、沖縄にはそうした観光資源以外にも素晴らしいものがたくさんあったのです。
観光客として訪れていた頃には素通りしていた場所が、実は世界と日本を繋ぐ重要なハブだった。
私たちはそこで、沖縄が秘めている数えきれないほどの「世界レベル」のポテンシャルを目の当たりにすることになります。
その中から、特に私たちホクセイグループが衝撃を受け、
ビジネスとして深く関わることになった象徴的な事例をいくつかご紹介しましょう。
【事例①】沖縄から世界へ。世界最高峰の頭脳集団「OIST」
一つ目の衝撃は、恩納村の緑深い森の中にありました。
沖縄科学技術大学院大学、通称「OIST(オイスト)」。

あまり知られていないですが、ここは国家戦略として作られた最先端の施設です。
世界的な科学誌『Nature』が発表した「質の高い論文の割合ランキング(2019)」において、OISTは世界第9位にランクインしました。
これは東京大学や京都大学をも上回り、日本国内では堂々の第1位です。
さらに、2022年にノーベル生理学・医学賞を受賞したスバンテ・ペーボ博士が教授として在籍するなど、ここには文字通り世界最高峰の頭脳が集結しています。
OISTは沖縄の科学技術と経済の発展への貢献を目的に、国が設立・支援をしています。
物理学者、生物学者、神経科学者が同じ屋根の下で交流し、専門分野の壁を越えた化学反応を意図的に起こしています。
研究者たちにはハイトラスト・ファンディングという、夢のような環境が用意されています。
これは、研究者が短期的な成果や煩雑な資金獲得活動に追われることなく、リスクを恐れずに革新的な研究に没頭できるよう、大学側、ひいては国が十分な研究資金を保証する仕組みです。
「失敗を恐れず、人類にとって本当に重要な問いに挑め」
国がそう背中を押している場所が、ここ沖縄にあるのです。
私たち商社の役割
しかし、いかにノーベル賞級の頭脳とはいえ、研究室の中だけで社会を変えることはできません。
彼らの頭の中にある革新的なアイデアを、実験装置やプロダクトとして具現化するためには、高度な「ものづくり」の支援が不可欠です。
ここに、私たち商社の出番があります。
「こんな実験をしたいが、特殊な金属素材が必要だ」
「この図面を形にしてくれる加工業者はいないか」。
そんな最先端のニーズに対し、富山や日本各地で培ったネットワークを繋ぎ合わせる。
OISTという「知の源泉」と、日本の「ものづくり」を接続する。
この役割は、沖縄に根を張り、かつ本土の製造業を知り尽くした私たちだからこそ担えるものです。
【事例②】アジアの空を支える、日本唯一の巨大ドック「MRO Japan」
二つ目の衝撃は、那覇空港の滑走路のすぐ脇にある幅190メートル、奥行き約100メートルもの巨大な格納庫を有する、MRO Japanさんです。
ここは単なる整備工場ではありません。
特定の航空会社の整備部門ではなく、国内外のあらゆるエアラインから機体整備を引き受ける、日本で唯一の航空機整備専門会社なのです。
■ 沖縄が「アジアの空の心臓」である理由
なぜ、沖縄なのか。
その答えは地図を見れば一目瞭然です。
東京、ソウル、上海、台北、香港、マニラ。
これらアジアの主要都市すべてから飛行機で4時間圏内という、奇跡的な立地にあるからです。
LCCの台頭で航空需要が爆発的に増えているアジアにおいて、機体のメンテナンスは喫緊の課題です。しかし、命を預かる航空機の整備には、少しの妥協も許されません。
そこで求められるのが、ジャパン・クオリティです。
ANAグループで半世紀以上にわたり培われた世界最高水準の整備技術と、沖縄という地理的優位性。この二つを掛け合わせることで、MRO Japanはアジア中の航空会社から「機体を預けたい」と指名される拠点となっているのです。
航空機の機体は、その多くがアルミニウム合金でできています。軽くて強く、過酷な上空の環境に耐えうるアルミは、まさに空を飛ぶために生まれた金属です。
しかし、空の安全を守る整備の現場で必要とされるのは、機体の部品だけではありません。
巨大なドックを維持するための設備、働く人々の環境を整える資材など、そこには数えきれないほどのモノとコトが求められます。
創業以来、アルミと共に歩んできた私たちホクセイグループにとって、この場所は聖地のようなものです。
だからこそ、私たちは単なる資材の納入業者にとどまらず、現場の細かな困りごとから、時には環境改善の提案まで、微力ながら様々な場面で支援をさせていただいています。
「アジアの空の安全を、沖縄の地で守る」
その崇高なミッションを担うMRO Japanさんの技術は、間違いなく世界に誇れる沖縄の宝です。
おこがましい言い方かもしれませんが、私たちの役割は、こうした沖縄にある素晴らしい技術や企業の価値を、黒子として支え、そして一人でも多くの方々に届くよう繋いでいくことだと思っています。
北の技術で、南の課題を解決する。
私たちホクセイグループは、富山に本社を置きながら、国内では北は北海道、南は沖縄、海外では北欧・北米まで拠点を展開しています。
雪国と南国。氷点下の世界と亜熱帯。

一見すると、これほどかけ離れた地域に脈絡などないように思えるかもしれません。
しかし、この幅広さほど弊社の強みであり、地域と地域をつなぎ、社会課題を解決することにつながっているのです。
「現代の北前船」の真骨頂は、単にモノを右から左へ運ぶことではありません。ある地域で磨かれた技術や知恵を、全く異なる環境へ移植し、そこで長年放置されていた課題を解決すること。
私たちが沖縄で進めているプロジェクトは、まさに「北の技術」で「南の悩み」を解く挑戦です。
台風で野菜が消える島へ。「コンテナ型植物工場」
沖縄県には、有人・無人合わせて160もの島々があります。
その中には、本島からさらに数百キロ離れた絶海の孤島も存在します。
青い海に囲まれた美しい島々ですが、そこに暮らす人々は切実な悩みと隣り合わせで生きています。
食の安全保障、特に生鮮野菜の確保です。
台風シーズンになると、島と本島を結ぶ船は欠航し、物流は完全にストップします。スーパーの棚からは瞬く間に野菜が消え、島民は缶詰やレトルト食品での生活を余儀なくされます。
「南国なのだから、島で野菜を育てればいい」と思われるかもしれません。しかし、沖縄の強烈な日差し、常に塩分を含んだ潮風、そして頻発する台風は、露地栽培にとってあまりに過酷な環境です。
そこで私たちが持ち込んだ解決策が、
北海道の寒冷地技術を応用した、コンテナ型植物工場でした。
なぜ、南国沖縄に北海道の技術なのか。
北海道の冬は、氷点下20度を下回ることも珍しくありません。そのため、北海道の建築や設備には、外気を完全に遮断し、内部環境を一定に保つための高度な断熱・気密技術が発達しています。
この技術は、逆転の発想で沖縄にも応用できるのです。外の熱気や湿気、そして塩分を完全に遮断し、台風の暴風雨にもビクともしない頑丈なコンテナの中で、LEDと水耕栽培によって野菜を育てる。
北海道で設計・製造されたこのコンテナは、頑丈な箱として海を渡り、沖縄の離島へ運ばれます。
設置すれば、そこは天候に左右されない農園になります。
外が大嵐でも、コンテナの中では青々としたレタスが育っている。
物流が止まっても、島の子どもたちが新鮮な野菜を食べられる。
北国で命を守るために磨かれた守りの技術が、南の島の食卓を守る。
これが、私たちが目指す商社の仕事です。

世界自然遺産を守れ。インフラ不要のバイオトイレ
東洋のガラパゴスとも呼ばれる西表島。
沖縄本島に次いで2番目に大きなこの島は、圧倒的な大自然が広がり世界自然遺産にも登録されています。
しかし、多くの観光客が訪れる一方で、島内には公衆トイレが少なく、
人の排泄物による悪臭やゴミの問題が深刻化していました。
美しい自然を見に来た人が、その自然を汚してはいけない
この課題に対し、私たちが提案したのが北海道のメーカーが設計したコンテナ型トイレでした。
しかし、実現には大きな壁がありました。それは輸送です。
北海道で作られた巨大なコンテナを、日本列島を縦断し、さらに離島である西表島まで運ぶ。
当初、この長距離かつ複雑な輸送ルートの確保は「困難である」とされていました。
そこで活きたのが、ホクセイグループが独自のネットワークで構築してきた「北海道×沖縄」のプラットフォームです。
私たちは独自のルートを駆使し、北海道から沖縄本島、そして西表島へとバトンを繋ぎ、無事にコンテナトイレを運び込みました。
SDGsの目標6「安全な水とトイレを世界中に」。
このテーマを掲げ、北の大地で設計された堅牢なトイレが、南の島の世界遺産を裏側から守る。
これもまた、地域と地域を繋ぐ「現代の北前船」だからこそ実現できた、新しい価値の形です。
アルミ商社としての「本流」と「信頼」
コンテナ農園やコンテナトイレといった分かりやすいソリューションの裏側で、私たちはもう一つ、沖縄の産業にとって極めて重要な課題に取り組んでいます。
それは、ものづくりの足回りを整えることです。
実は、沖縄県内にはアルミニウムの問屋や加工メーカーが非常に少なく、これが長年、県内でのものづくりの発展を阻む「見えない壁」となっていました。
本土のメーカーなら当たり前にできることが、沖縄では物流や商流のハンデによって諦めざるを得ない。
そんな歯がゆい現実があったのです。
そこで私たちは、単にアルミ素材を売るだけでなく、沖縄県内でのものづくりを全面的にバックアップする体制を構築しました。
取り扱うのは、本業であるアルミだけではありません。
ステンレス(SUS)や銅といった非鉄金属全般から、加工に必要な工具、機械、さらには養生テープや切削オイル、梱包用の段ボールといった工業用副資材に至るまで。
「これがないと現場が動かない」というあらゆるモノを、私たちのネットワークで調達し、お客様のニーズに合わせて提案・提供しています。
「ホクセイに頼めば、材料から道具まで全部揃う」
そう言っていただける環境を作ることこそが、沖縄の製造業を底上げする最短ルートだと信じているからです。
華やかなライフスタイル事業も、社会課題を解決するプロジェクトも、すべてはこの「ものづくりの土台」がしっかりしていてこそ輝きます。
沖縄の作り手たちが、材料不足を理由に挑戦を諦めることがないように。
私たちは「現代の北前船」として、
必要な資材を、必要な時に、必要な場所へと運び続けます。
航海図は、まだ書きかけである。
ここまで、ホクセイグループが沖縄で展開する冒険の一端をお話ししてきました。
1,500キロの距離を超えて本社を構え、研究室に入り込み、米軍基地のフェンスを越え、離島の課題に挑む。
これを読んで、「なんて計画的で、戦略的な会社なんだ」と思われたかもしれません。
しかし、実情はもっと泥臭く、もっと混沌としています。
正直に申し上げれば、私たちの航海図はまだ書きかけです。
「これをやれば正解」という確立されたルートなど存在しません。毎日が試行錯誤の連続であり、予期せぬ荒波の連続です。
「よそ者」から「隣人」へ
それでも、私たちがこの地で動き続ける理由はただ一つ。
沖縄という場所が持つ、底知れないポテンシャルと、そこに生きる人々の熱量に魅せられたからです。
かつて北前船が、寄港地に富と文化をもたらし、その土地の人々と共に繁栄したように。
私たち「現代の北前船」もまた、単なるゲストで終わるつもりはありません。

富山のアルミ産業がそうであるように、産業は一朝一夕では育ちません。
地味で、泥臭い活動の積み重ねこそが、やがて太い幹となり、地域を支える力になります。
OISTの最先端技術を社会実装することも、離島の物流を守ることも、アジアの空の安全を支えることも。
私たち一社でできることは限られていますが、この島のパートナーたちと手を組めば、世界を驚かせる何かを生み出せると信じています。